12:15 銀座にて
「先生、今日の取引どう思いますか?」
昭和の香りが残る純喫茶で、
アイスコーヒーを片手に顧客が男に問いかける。
純喫茶のアイスコーヒーは、どこか懐かしい味がする。
「はっきり申し上げます。
詐欺事件ではないかと疑っています。
私の判断で、取引が中止になっても
良いでしょうか?」
顧客の表情が、まるでミルクを入れたばかりの
アイスコーヒーのように複雑になった。
「先生、取引が中止になるのは
残念です。うちとしても
良い条件で購入できるチャンスですから。」
男は、ほんの少し落胆した。
利益か…。利益に目がくらむのか、と。
そのことを感じ取ったのか
顧客はさらに続ける。
「しかし、被害に遭う可能性があるのであれば
先生の判断を尊重します。
遠慮なく言ってください。」
13:00 弁護士事務所にて
「いらっしゃいませ」
「司法書士リーガル・パートナーです。
●●先生ご担当の不動産の取引に伺いました
受付の女性がいる…。
今のところ不審な点はない。
全神経を集中させ、何かを感じ取ろうとする。
「どうぞこちらへ」
受付の女性に促され、男は顧客と共に
奥の応接室に入室する。
・弁護士1名
・売主の高齢女性1名
・売主の相談者という男性3名
の合計5名が既に我々を待っていた…。
ずいぶんと多い人数だ。
不思議と、餌に群がる鯉のように見えてくる。
「弁護士の●●です」
最初に名刺交換をしたのは、
弁護士であった。
古びたスーツに、薄汚れたビジネスシューズ。
ずいぶんと頼りない。
それもそのはずだ。
この弁護士は、過去に複数回に渡り、
「懲戒処分」を受けている人物。
その程度の事は簡単に調べることが出来る。
事前の準備に抜かりはない。
「わたしは、名刺がないんですがねぇ、
●●です。売主さんの相談に乗っている者です」
3人のうちの一人の男が、
まるで初孫を抱きかかえるような満面の笑みで
自己紹介をする。
「そうですか。」
男は淡々と答えた。
「あなた様が売主様でしょうか?」
相談に乗っているという50代の男性をあえて無視し
80を超えているであろう老齢の女性に確認をする。
「そうです。よろしくお願いします。
相続税が払えなくて、すぐに現金化しなくちゃならなくてねぇ。」
聞いてもいないことをなぜ自ら話すのか。
やはりそうなのか?
男の鼓動が早く、強くなり、心臓の音が聞こえる。
「そうですか、それは大変でしたね。」
自らの動揺を悟られないよう、
男は売主の話に共感を示した。
「売買の契約の前に、私からいくつか確認をさせて頂きたい。」
プレイボール。
さあ、試合の始まりだ。
つづく
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